6.もう一人の味方

 さくら色 

 帰りにコンビニでアイスモナカとダイエットコーラを買った。
 竹居の家に向かった。味方をひとり、増やすために。
 生徒会が忙しくて、この先しばらく早く帰れそうにないから、今日のうちに手を打とうと考えた。
 それにしても。
 くそ、竹居。文句言ってやる。
 アパートのチャイムを押すと、ジャージ姿の竹居が出てきた。
 耳にコードレスの電話器をあてている。入れ、とジェスチャーで促され、家に上がる。
 竹居の家は、今日も、竹居ひとりのようだった。
「ああ、ハイ。ちょうど来ました。……謝っときます。……ハイ。俺も、心当たりあるんで、今から呼びます。ハイ。……すみません。ありがとうございます」
 口調とは裏腹に、すっごい仏頂面で、竹居は電話を切った。
「沢野」
 機嫌が悪そうな顔で見下ろされて、ひるむ。
「なによ」
 思い切り睨み返してやった。あんたのせいで散々よ、今日は。
 言ってやろうとしたら、ふいと竹居が視線をそらした。
「悪かったな。田川は俺が殴っとく」
「は?」
 なんだそれ。事情を説明して文句を言おうとした矢先に。
「さっきの電話、お前の先輩から。今日のこと聞いた」
「ヒロキ先輩!?」
 私の声、悲鳴に近かったと思う。
 ちょっと待って。
 ちょうど来ました、って言ったよね、竹居。
 あんたの家に私がちょうど来ましたってことだよね。
 それを言うか!? ヒロキ先輩に!?
「ちょっ、竹居、バカっ! あんたとの仲を誤解されたらどーすんのよ!」
 それでなくても、田川に「デキてんじゃねぇの」って言われたばっかりで、ヒロキ先輩はきっとそのことも知っているというのに、決定打打ってどうするんだ。私の乙女心はどうなるんだ。
 竹居が仏頂面で言う。
「誤解とかしねぇだろ、あの先輩。なんか全部わかってるだろ」
「わかってるけどっ」
 けど、だけど。
 こいつとは付き合ってません。そういう感情ありません。
 絶対言おう。明日にでも直接言おう。
 心に決めた。
「お前、茶はいらねーか。アイスひとりぶんかよ」
 ちゃぶ台の上に置いたコンビニの袋を覗きながら、竹居がひとりごちる。
「さっさと食え。溶けるぞ」
 アイスどころじゃないよ。
 田川に殴られそうになった以上のショックだよ。
 呆然としながらアイスモナカの袋を開けた。
「あー、わかったから。悪かったから。まじめに食え。モナカをこぼすな。あと泣くな」
「竹居の、バカ……」
 ううう、涙が出る。
 ティッシュの箱を竹居がこっちに押しやった。足で。
「もうひとり呼ぶから。そのことも先輩に言ってるから。誤解されてねーって」
「どうせ、竹居には、私の気持ちなんかわかんないよ……」
 田川のガキに殴られそうになって、ヒロキ先輩に慰めてもらって、どうにかほっとしたところにこの仕打ち。
「悪かったって。泣くなって。つーか、今から野口呼ぶから。それまでに泣き止んどけ」
 ああ、私が考えてた味方、野口くん。
 そうか、竹居も同じ考えか。
 溶けかけのアイスモナカをもそもそ食べながら、どうにか泣きやんだ。
 家が近所、と言っていただけあって、野口くんはすぐにやってきた。
 部屋にいる私をみて、うわ、と言った。
「沢野って泣くんだ」
 だって竹居のバカが。
 言おうとしたそばから涙がでて、野口くんがあたふたした。
「うわ、ごめん。ごめん俺、別に沢野が泣かない女って意味じゃなくて」
「ああ、こいつ泣き上戸だから。クラスの外じゃ、しょっちゅう泣いてっから気にすんな。野口、何飲む? 茶かコーラ」
「あ、コーラ……」
 平然と言い捨てて台所へ行った冷酷な竹居とは反対に、野口くんは膝立ちで、床に放置されてたティッシュの箱をそろりとちゃぶ台に置いてくれた。
「沢野。今日、ごめんね? 俺、もーちょっと早く田川止めてればよかったんだけど、ギリギリになっちゃって。ケガなかった? 制服も無事?」
 私はこくこく、首を縦に振る。
 ああ、こうやって心配してくれる人がいるというのはいいな。
「あと、謝らせたのも、ごめんね? ヤだったろ? 田川、引っ込みつかなかったから。でも沢野が退いてくれて正直助かった。ありがとう」
 ああ、心優しいな。野口くん。
「あのさ。私、やっぱ、言い過ぎてた?」
 ぽつりと聞いた。
「いや、うん、ちょっとね……。あそこまでみんなの前で言われたら、へこむかと。まぁ田川にはいい薬だけど」
 野口くんが苦笑いする。
「そっか。次から気をつけるね」
 そう言ったところで、マグカップをふたつ持った竹居が戻ってきた。
「田川は殴っとく。沢野に雑誌投げつけたんだろ? 当たったんだろ? で、さらにつかみかかって殴りそうになったって聞いたけど」
 竹居の物騒な気配に、マグカップを受け取りながら、あわてて野口くんが止めに回る。
「あー、そうなんだけどね。でも、沢野が自分できっちり片つけたから。お前はもうなんにもしないほうがいいよ。田川が自分で考えて、俺らのグループから離れればいい話だから。もともとあいつお前嫌いだから。いっそそのほうがお互いのためにもいいし」
 ほほう。
 野口くんはやっぱりよく見てるなぁ。
「そうか? 俺としては田川相当ムカツクんだけどな。俺じゃなく沢野に当たるとかありえねーし。マジ殴りてぇ」
「あのね。お前が本気で殴ったら警察沙汰になるから。クラスの平和のためにもやめといて。学級委員でしょ?」
「くそ田川! ムカツク!」
「はいはい、抑えて抑えて」
 おお、野口くん。竹居の扱いも心得てるよ。
 心強いなぁ。
「で、俺が呼ばれたのって、この件?」
「いや……」
 と、そこで三人して例の水着グラビアをちゃぶ台に広げた。
 中学生が、男二人と女一人で水着グラビア見てるとか、シュールだ。
 竹居が、私にしたのと同じように、お姉さんのことをあらかた説明する。
 説明を聞き終えた野口くんが、あー、とうめき声を上げた。
「舞ちゃんだったとは……。いや、なんとなく俺もそうかなーとは思ってたけど。実際聞くと、衝撃的だな」
「お前、好きとか言うなよ。人の姉ちゃん」
「や、俺はもうちょっとこう、胸があるほうがいいっていうか……」
 野口くんが私の存在に気づいて口をつぐむ。ちょっと顔を赤らめて、
「いや、だから、とにかく話はわかった。でもどうするかな。沢野が今日、お前はこういうのが苦手って言っちゃったしな。田川にはケッペキショウって言われたけど、お前が気にしないなら別にその手もあるし。乗っかるか? でも乗っかったらホモ説出るかもな」
「ホモねぇ。どう言われようが別にいいんだけど。姉ちゃんの話さえ出なけりゃ」
 竹居がホモ。
 ぶっ、と思わず吹き出してしまう。
 そしたらティッシュの箱で頭を殴られた。べこん、と箱がへこむ。
「ちょっと!」
「お前が笑うからだろ」
「だって、ホモってありえないんだもん。想像したらさぁ」
 べこん、と再び殴られる。
「想像すんな。気色わりぃ」
 竹居と私の漫才をよそに、野口くんはまじめに案を出す。
「お前がグラビアとか苦手で、でもカノジョいるとかだったら一番いいんだけどな。ホモ説も出ないし。秘密にしてるカノジョとかいない?」
「いない」
「じゃ、沢野と付き合ってることにするとか」
 野口くんがさらっとひどいことを言う。
「ちょ、ヤダ! それだけは勘弁!」
「お前な。本人を前に失礼すぎるだろ、バカ」
「だって。だって……」
 ただでさえヒロキ先輩に誤解されそうなのに。
「沢野。わかったから。野口、それはナシ」
「えー、ナシ? んー、そうなるとなぁ」
 野口くんが再び考え込む。
「んー。清純派は嫌いってことにしとくか? でもお前、舞ちゃんは嫌いって公言してたしな。いっそ写真全般ダメって言った方がいいか? 映像はいいけど写真はダメ。見飽きた。すげぇ変態っぽいけどそれならホモ説も出ないだろうし。お前の姉ちゃん、映像には行ってないだろ?」
「ああ、行ってねぇ。まだそんな年じゃねぇし。つーかそんな話が出たら全力で止める」
「映像って?」
 私の問いに、男子ふたりが顔を見合わせた。野口くんがごまかすように言う。
「いやぁ、女の子がいるとあれだね。冷や汗ものだね」
 竹居がしれっと答えを言う。
「お前、映像っつーのは、エーブイだ。わかんなかったら家に帰ってネットで調べろ。アルファベットで」
「竹居……。ちょっとは配慮しようよ。沢野、わかんなくていいから」
 野口くんが焦る。が、私の中で、エーブイ、がアルファベットに変換された。
「あー、いや、わかった。わかりました。聞いた私がバカでした。ごめんなさい」
 すごすごと引き下がる。竹居が私を指さした。
「な、平気だろ。こいつ」
「平気じゃないと思うよ……。沢野、ごめんな、竹居がこんなで」
 議論は進み、結局、『映像はいいけど写真は飽きたから見たくない・見せるな説』で行くことにした。一体どんな変態だ、竹居。
 
 
 竹居のアパートから帰るとき、外階段で野口くんに呼び止められた。
「沢野。あのさ、いっこ聞きたいんだけど」
「ん?」
「なんで俺、くん付けなの? 沢野、ほとんどの男子呼び捨てじゃん。なのに野口くん、て」
 入学当初こそ男子にくん付けしていたが、竹居と私が互いに呼び捨てということもあり、最近では、私はほとんどの男子から呼び捨てにされている。なので、私の方でも遠慮なく男子は呼び捨てだ。
「ああ。野口くんのこと、すごいなぁって思ったから。尊敬の意味で、くん付け」
「尊敬って。なんかしたっけ、俺?」
 野口くんが目を丸くする。
「竹居がキレてガラス割った時、椅子投げられたのに、竹居を庇ってくれたでしょ? みんなにもフォローしてくれて。それですごいなって、思ったんだよねぇ」
 ああ、面と向かって言うのは照れるな。でも今なら言えるな。
「あ、そうなんだ……。俺、沢野に嫌われてるのかと思ってた。なんだ、そっか」
 階段の二段上で、野口くんがふんわり笑う。
「え、嫌いとかじゃないよ。むしろ尊敬してるよ。くん付け、やめよっか?」
「いや、それならいい。そのままで。つーか、沢野はほんと度胸あるよな。今日もさ、竹居止めたし」
 カンカン音を立てて、野口くんが階段を下りる。私も合わせて降りる。
 誉められて嬉しい。
「あのね、言っとくけど怖いから。あれでもがんばって止めてるから。野口くんが加勢してくれると助かる」
「ああ。でもなぁ。竹居、男が止めたらマジで殴りそうなんだよな。あいつあれでも紳士だからな。女には絶対手ぇあげないと思うんだけど。俺にはどうだろな」
 そうか。竹居はあれでも紳士か。
 そういえば、田川みたいに嫌な思いさせられたこと、ないな。
 バカ、って思うことはよくあるけど。
「私、よく頭はたかれるけど。今日だってティッシュの箱べこべこになったし」
「冗談でだろ? 竹居は、マジで殴ったりは、絶対しないタイプ」
「あー、そうだね。私も、そのへんは信用してる。んーと、じゃぁ、野口くんは、万が一私が竹居に振り飛ばされたら、受け止めてくれる役ってことで」
「おう、それなら任して」
「あ、なんかすっごく気が楽になった」
 へへ、と自然に笑みがこぼれた。
 竹居と野口くんと私、三人ならクラスで上手くやっていけるだろうって思えた。
 味方っていいですね、ヒロキ先輩。
 アドバイス、ほんと、感謝してます。



 さくら色 
2016-01-08 | Posted in さくら色Comments Closed 

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