10.これは話し合いだ
翌日の昼休み、竹居と野口くんと一緒に、田川について簡単に打ち合わせをした。目的は、田川を竹居のグループに戻すこと。あとは、できれば私に謝らせること。
果たして、うまくいくか。
放課後、三人で教室に残り、教室の後ろの机をふたつ、向かい合わせにくっつけた。
竹居が真ん中に座って、竹居の左に、私。野口くんにはオブザーバーとして、竹居の斜め前、ちょっと離れたところに椅子だけ持ってきて、座ってもらった。
田川が私たちの姿を見て引き返さないように、窓もドアも全部閉めておいた。窓はスモークガラスだ。廊下から教室の中は見えない。
教室のドアが開いた。
私たちを見て、ジャージ姿の田川がぎょっとする。
「田川、ここに座れ」
竹居がトンと自分の右の席を指さした。一番ドアに近い席。
「俺、部活途中なんだけど」
田川がそう言って逃げようとする。
座ったまま、言葉だけで、竹居がその逃げ道をふさぐ。
「お前、部長から教室に戻るように言われたろ。手ぇ回したの、俺だ。お前は今日、部活は病欠だ。遠慮なく座れ」
田川は唖然として、それから威嚇するように声を上げた。
「三対一かよ。卑怯だろ!」
「一対一だ。俺対お前だ。野口はオブザーバーだ。俺、お前がやらかした状況、知らねぇからな。沢野は被害者だ。今回は何も言わねぇ」
田川はドアのところから動かない。
竹居がため息をついてさらに言った。
「言っとくが、話し合いだ。暴力はなしだ。俺はお前を殴らないし蹴らない。約束する。もし俺がキレそうになったら沢野と野口が止める。だから安心して座れ。お前もイヤだろ、今のクラスの状態。改善のための話し合いだ。座れ」
竹居を睨んだまま、田川がぎこちなく足を動かして、こっちに来た。
椅子を引き気味にして、私の向かいに座る。
「なんの話し合いだよ」
ふてくされた様子で言った。
竹居が机に両腕を置く。
「お前、ひとりでメシ食ってるだろ。イヤだろ、そーいうの。こっちもな、クラスの雰囲気が悪くて困ってんだよ。学級委員だからな。だから意地張るのはやめようぜって話」
田川は何も言わない。
「女子には、沢野が昨日、言った。お前に雑誌投げられたことも、殴られかけたことも、もう怒ってねぇから、田川には普通に接しろってな。女子全員に言ってまわった。そうだろ、沢野」
竹居が私に向けて顎をしゃくる。私は頷く。
「で、おまえとやりあった後、沢野は謝ったんだろ。言い過ぎたって。野口、そうだな?」
私の横の離れた位置で、野口くんが頷いた。
「あんなの、謝ったうちに入んねーだろ」
田川が私を睨む。
そうくるか。このやろう。お前なんか一言も謝らなかったくせに。
睨み返すのをぐっとこらえた。
落ち着け。田川はガキだ。
竹居が淡々と言った。
「じゃぁ沢野は今、きっちり謝れ。俺と野口が証人だ」
くそ、竹居。後で文句言ってやる。
むかつきながら、でも言い過ぎたことは確かなので、うつむいて、せいぜいしおらしく言ってやる。
「田川。悪かったよ。みんなの前で言い過ぎた。ごめん」
そしたら、ぽとんと涙が落ちた。
自分でもびっくりして、あわてて涙を拭(ぬぐ)う。
それでも涙がどんどん出てきて、机にぼたぼた落ちた。
なんでだ。
女子に田川のフォローして回って、悔しいからか?
竹居がひどいからか?
謝らせられてるからか?
……ああ、違う。
私がほんとに、言い過ぎたからだ。
田川が引っ込みつかなくなって、ひとりでお弁当食べる羽目になっちゃったからだ。
こんな状況を、私が作っちゃったからだ。
学級委員なのに。
「い、言い過ぎて。引っ込みつかなくしちゃって、ごめん」
ぼろぼろ泣きながら、もう一度謝った。本気で頭を下げた。肩が震えた。
「沢野。泣くな。野口、ティッシュ」
竹居が冷静に言う。野口くんからティッシュを受け取って、私の目の前に置いた。
箱ティッシュじゃなくて、ポケットティッシュ。
紙をとりだして、私は涙をふく。
竹居がため息をついた。
「あのな、田川。お前は沢野が強いと思ってるかもしれないけどな。こいつは、裏じゃ、こんなだ。お前に殴られかけたのも怖かったんだよ。お前とやりあった後も、裏では泣いてたんだ。それはわかってやれ」
くそ、竹居め。人ががんばって張った見栄を、あっさり壊しやがって。
恨みがましく竹居を見やると、田川が呆然としてこっちを見ていた。
ああ、あれか。野口くんと同じクチか。「沢野って泣くんだ」ってやつ。
どんだけスーパーマンだ、私は。
くそう、涙、止まれ。
「沢野。もう泣くな。お前は本気で謝った。だろ、田川」
呆然としたまま、田川が頷いた。
「俺……」
田川が言いかけて、やめる。
竹居が黙った。田川の言葉を邪魔しないように。
「俺、も……。ごめん……」
小さな声で、田川が謝った。
「カッと、なっちゃって……。野口が止めてくれて、良かった……ごめんな、沢野……」
田川がうつむいた。
田川も、泣いてるのかもしれなかった。
「よし。喧嘩両成敗だ。いいな、沢野」
私はティッシュで目を押さえながら、何度も頷く。
「そんで、お前らがやりあった原因、俺だしな。そもそも俺がキレかけたのが悪かった。田川も、沢野も、ごめんな」
竹居が膝に手をついて、ヤクザの舎弟ように頭を下げる。
田川が竹居を見て、「いいよ」と小さく呟いた。
竹居が頭を上げて、田川に言った。
「田川な。お前には俺が男子のボスに見えてるのかもしんねぇけどな。俺は別にそんなつもりねぇし。体のでかい学級委員ってだけだ。だからそんなに構えんな。文句があるなら直接俺に言え。別に殴ったりしねぇから。あー、俺のこういう命令口調が悪いのか? 癖だから直んねぇんだよな。そこは多めに見ろ」
こくりと田川が頷く。
竹居がオブザーバーの野口くんを見た。
「あと、なんだっけ?」
「佐藤」
野口くんが短く答える。
「あー、そうそう。佐藤。田川、できれば佐藤に謝ってやれ。あいつお前心配してたから、安心させてやれ。そんで、メシは一緒に食え。あとは、なんだ? 明日も昼休み、バスケするし。気が向いたら来い。野口、こんぐらいか?」
野口くんが指先でオッケーサインをだす。
「沢野、なんかあるか」
私は首を振る。
「田川、なんかあるか? ……なんだ。言いたいことがあるなら言え」
竹居と私を交互に見て、いや、と田川が口ごもる。
「だから、言えって。言わないのがよくねぇだろ。別に怒んねぇから。言え、ほら」
「……竹居と沢野って付き合ってんの?」
田川の質問に、竹居がすんごい不機嫌そうな顔になる。
なんだよ竹居。私を前にそういう顔するか。
「付き合ってねぇよ。ただの学級委員コンビだ。……なんだ。まだあんのか。言え」
「……竹居がグラビア苦手って、マジ? ホモ? 潔癖性?」
私と竹居と野口くんは三人して顔を見合わせた。
竹居が渋い顔で答える。
「お前もえらくぶっこむな。ちょっと待て。えーと、んーと、あー、グラビアは苦手だ。見飽きて、トラウマがあるからな。見せんな。下手すると俺、キレるから。止めるのに沢野が苦労すっから。けど映像は大丈夫だ。だからホモじゃねぇ。……こんなとこか? なんかあれば、あとはお前、休み時間にでも聞け」
田川が「わかった」と頷いて、話し合いは穏便に終わった。
竹居と野口くんと一緒に帰った。
夕陽がオレンジ色で、すごくすごく、きれいだった。
田川は竹居たちと一緒にお昼を食べるようになり、クラスの雰囲気ももとに戻って、体育祭のクラス対抗リレーはすごく盛り上がった。一位にはなれなかったけど、みんな楽しそうで、良かった。嬉しかった。
私はおじいちゃん先生に、野口くんにも竹居の事情を打ち明けたことを伝えた。
竹居の変態説は一時期広まったものの、野口くんの絶妙なフォローのおかげもあり、田川もなんだか加勢してくれたようで、竹居がその後キレそうになることはなかった。
おじいちゃん先生の采配か、私と竹居と野口くんの三人は中学三年までずっと同じクラスで、私と竹居は二人して学級委員のコンビを組み続けた。