17.あったかいココア

 さくら色 

 一直線に、竹居の家に向かった。
 カンカン鳴る階段をのぼってチャイムを押すと、いつも通りのジャージ姿で竹居が出てくる。
「今日はまた派手に泣いてんな。おい」
 その声を無視して勝手に竹居の部屋に入り、ちゃぶ台にうつ伏せる。
 竹居の部屋は暖房が効いていた。暑くなってきて、コートを脱ぎ捨てる。
「なんだ。これ空か。人んちにゴミを持ち込むな」
 ちゃぶ台の上に置いてたヨーグルトジュースの紙パックを振って、竹居が文句を言う。
「ゴミじゃない」
 不機嫌に否定して、私はまたうつ伏せる。
 地下鉄で飲み終わって、でもゴミ箱に捨てられなくて、なんとなく持ってきた。
 ヒロキ先輩からのお礼。
 ふたりがくっついたお礼。
「ゴミだろ。これでなんか作る気か」
 なんにも作らないよ。
 その紙パックからはなんにも生まれないよ。
 ていうか、私が終わったよ。
 ぐずぐず泣いてたら、竹居がため息をついた。
「とりあえずティッシュ使え。ブレザーに鼻水ついたらとれねぇぞ」
 私より制服の心配か。このやろう。
 顔を上げてティッシュで鼻をかむ。
 ティッシュを追加で取って、涙をふく。
「竹居」
 なんとなく名前を呼んだ。
「なんだ」
 竹居が仏頂面で返す。
 くそう、ちょっとは優しくしろ。
「ココア飲みたい。あったかいの」
 こんな怖い顔のくせして、竹居は甘い物が好きだ。だからたぶんココアの粉もある。
「お前、わがままだろ。俺に八つ当たりすんな」
「ココア飲みたいの!」
 泣きながら言ったら、諦めて竹居が立ち上がった。
「何で割る。牛乳とお湯と半々か。全部牛乳か」
「全部牛乳」
「あっそ」
 無愛想に言って、部屋を出ていく。
 優しくないのに、言い方なんか超冷たいのに、竹居は結局わがままを聞いてくれる。
 この部屋はあったかい。
 オーダー通りのココアを作って、竹居が部屋に戻ってくる。
「ありがたく飲め」
「うん。いただきます」
 湯気の立っているマグカップを受け取って、ココアをすする。
 甘い味が広がって、また涙が出た。
「まだ泣くか。そもそもお前、何で泣いてんだ。この間の続きか。選択肢ふたつ、どっちともだめだったのか」
 黙って首を振る。
「成功した。選択肢のひとつめ」
 嬉しい方が、叶った。だけど悲しい。
「じゃぁ、何で泣いてんだ」
「ヒロキ先輩とカオル先輩が、うまくいった」
 竹居が無言になる。
「それ、そのお礼にもらった。だから記念にとっとく」
 マグカップをちゃぶ台に置いて、紙パックを指さした。
「……つーことは、なんだ。お前が二人をくっつけたってことか。選択肢のひとつめってそれか。ふたつめは何だったんだ」
「私とヒロキ先輩がくっつく」
 言った途端、箱ティッシュで頭を殴られた。
「痛ぁっ! バカ! 竹居のバカ!」
「バカはお前だ! 何で自分を優先しない!」
 竹居が怒鳴る。
 なによ。
 なんで竹居が怒るのよ。
 怒らないでよ。優しくしてよ。
 涙が出る。
「だって。だって、ヒロキ先輩はカオル先輩を好きなんだもん。ずっと好きだったの知ってるもん」
 だからそっちを優先したんだよ。
「た、竹居が、嬉しい方を選べって、言ったんじゃん」
 泣きべそかきながらそう言ったら、竹居がため息をついた。
「あーあー、お前がここまでバカだったとは。選択肢のなかみを聞いとくべきだったな。そりゃ俺が悪かった」
「竹居のせいじゃないよ!」
 あわてて言う。
「私が、選んだんだもん。嬉しい方を選んだんだから、もう、いい……」
 もう、いいんだよ。
 嬉しい方が叶ったんだから。
 ただ、それでも悲しくて泣いてるだけだよ。
 気持ちのやり場がなくて、ここにきただけだよ。
 竹居の部屋なら泣けるから。
 わがまま言えるから。
 相棒だから。
 泣いて泣いて、ココアを飲んだら眠たくなった。
 昨日も、生徒会で忙しかったしな。
 ココアって実質、ホットミルクだしな。
 ふと横を見れば、竹居のベッドがあった。
「……オヤスミナサイ」
 制服のブレザーをぽいと脱いで、ベッドに潜り込む。
「おい」
「いいじゃん。寝かせてよ。眠たいよ。ここで寝て復活するよ」
 おお、あったかい。ぬくぬくする。
「お前な……」
「あー、このお布団、竹居臭がする」
「加齢臭みたく言うな。失礼すぎるだろ」
「いやー、安心する。おやすみー……」
 目をつむったら、あっという間に眠りに落ちた。



 さくら色 
2016-01-08 | Posted in さくら色Comments Closed 

関連記事