7.ヒロキ先輩の「好き」は
その翌日、放課後は生徒会で忙殺された。
体育祭の演目ごとの選手名簿やら、ハチマキの手配書やら、次から次へと回ってくる書類をあたふたと分ける。コピーしてそれぞれの演目の係に配る。打ち合わせ議事録をとる。決済が必要な書類は生徒会顧問へ提出する。
ああ、やっぱり昨日休んだツケが回ってきてるよ。
あらかた整理をつけたところで、休憩もかねて、ごん、と机に額(ひたい)をぶつけたら、向かいでヒロキ先輩が笑った。
「大変だねぇ、マコちゃん。がんばれー」
私の三倍はありそうな書類の束をテキパキとさばき、生徒会室に出入りする各クラスの体育委員に指示を出しながら、ヒロキ先輩はいたって普通の表情だ。
「ヒロキ先輩って、なんでそんなに余裕なんですか?」
「ん? 俺、情報収集とか分類とか、趣味だから。こういうのも趣味の一環」
「でも、ヒロキ先輩って、図書委員長ですよね? なんで体育祭の手伝いまで」
言いかけたところで、どん、と机にファイルと書類が置かれた。
生徒会室に戻ってきたカオル先輩が、にっこりと綺麗な笑みを浮かべた。
「ヒロキ、マコちゃんの邪魔しないで。マコちゃんも無駄話しないの。次いくよ、次」
「はい。すみません」
しゅんとして一番上の書類に手を伸ばす。体操服につけるゼッケンの作り方と注意書き。これは全校生徒分コピーして各担任に配布か。
「マコちゃん。仕事っていうのはね、できる人のところにどっと流れてくるものなのよ。ちゃっちゃとさばいてちょうだいね。ヒロキもよろしくね」
にこやかに言い放って、カオル先輩は再び生徒会室から出ていく。
そんなこと言われたって、初めて見る書類ばっかりだ。じたばたしてしまって、ちゃっちゃとなんかさばけない。できないよ。
うう、せめてまとめてコピーに行こう。他にコピーするものがないか、書類の束を必死でめくる。
「マコちゃん、落ち込まない。あれでカオルは誉めてるから。その任されっぷり、マコちゃん仕事ができるってことだから、自信持って」
ヒロキ先輩が、私の横に積まれたファイルと書類を指さした。
「そうですか? とてもそうは聞こえないんですけど」
「そうなの。あれがカオルの性格だからそこは諦めて。で、さっきの答えね。俺は図書委員長だけど、こーゆーときはカオルの手足となって働くわけ。あいつ怒らせると怖いからー」
歌うように言って、ヒロキ先輩は書類の山をさっさと選り分けていく。
ヒロキ先輩の隣で黙々と演目ごとの白線指示を書いていた体育委員長が、紙の束を持って足早に生徒会室から出ていく。
ヒロキ先輩とふたりっきりだ。
無駄話しないの、とカオル先輩に注意されたけど。
ちょっとだけ。
「ヒロキ先輩とカオル先輩って、付き合ってるんですか?」
つるりと出た言葉に、自分でぎょっとした。直球すぎた。
ヒロキ先輩が顔を上げる。一瞬だけ真顔で、それからにこりと笑った。
「それはね、マコちゃんが竹居くんと付き合ってるのかって聞かれるのと同じこと」
「……私、竹居とは付き合ってないです」
「うん。でも、信じてるし仲良いでしょ。俺とカオルもそう」
ヒロキ先輩はそう言って書類に目をうつし、判を押していく。
トン、トン。
単調な音が生徒会室に響く。ヒロキ先輩は笑ってくれたけど、空気が硬い。
ああ、なんか地雷を踏んだ。
すごく後悔して、私は書類に目を落とす。
コピー、するの、どれだっけ。
これと、これと。
判子の音が止んだ。
そっと目を上げると、ヒロキ先輩は、考え込むように頬杖をついて、窓の方を向いていた。
独り言のように言った。
「俺は、カオルが好きだけど。あっちはどうかな。ちがうだろうな」
その、「好き」は。
私が竹居を好きなのと、おんなじ「好き」ですか。
違いますよね。
……ああ、ほんとに、聞くんじゃなかった。
「マコちゃん。今の、カオルには内緒ね」
ヒロキ先輩はこっちを向いて唇に人差し指を当てた。
その笑顔は、なんだか今にも割れそうで。
「はい。内緒にします」
私は頷いて、書類を持って、席を立った。
「変なこと聞いてすみません」
ぺこりと頭を下げた。
傷つけてごめんなさい。
先輩はいつも私に優しくしてくれたのに、そんなこと言わせて、ごめんなさい。
コピーをとりに生徒会室を出たとたん、涙がぽたりとこぼれた。