15.助けて

 さくら色 

 地下鉄を降りて、駅でヒロキ先輩と別れた。そこまでが限界だった。
 こらえきれずに携帯電話を取り出す。
 助けて。
 三コールで、竹居が出た。
『何だ。……お前、外か』
 声が出ない。
 電話の向こうから、テレビの音が聞こえる。
『今帰りか。遅いな。生徒会か』
 生徒会だったよ。
 ヒロキ先輩に、カオル先輩に告白しろって言ったよ。
 期限まで指定しちゃったよ。あと二週間しかないよ。
 声が、出ない。
 竹居がため息をつく。
『どうした。沢野。泣いてんのか』
「……泣いて、ない……」
 ああ、涙が、出る。
 助けて。
『泣いてるだろ。何があった』
 何って。
 電話じゃ、言えないよ。
 声にできないよ。
 でも話を聞いて。
 竹居の家に行きたい。部屋にいれてほしい。あのあったかくて優しい場所に行きたい。
 でも、もう時間が遅くて、夜九時近い。航太くんも帰ってきてる。行けない。
 なんて言ったらいい。
 竹居がまたため息をつく。
『沢野。今、どこだ』
「……駅……」
 駅から、歩いて帰ってるとこ。
『駅から、どっちに行ってる。まっすぐ帰ってるのか』
 竹居の家と、自分の家と、その分かれ道がもうすぐ。
 それさえ言えなくて、ただただ、泣いた。
『沢野。とりあえずそこで止まれ。止まって待ってろ。動くな』
 ぶつ、と電話が切れる。
 おとなしく止まった。ガードレールに寄りかかって泣いてた。
 涙が止まらない。
 どうしたらいい。
 あと、二週間。
 私も告白すればいいのか。
 二週間待って、ヒロキ先輩がカオル先輩に告白してなかったら、私が言うのか。
 言いたくない。
 でも言うって約束した。言わなきゃ。
 あのふたりを、つなげなきゃ。
 竹居の家の方から、竹居が歩いてくるのが見えた。
 別に走るわけでもなく、不良みたいに、ゆらゆら歩いてくる。
 こっちが泣いてるのに余裕で歩いてくる。
 竹居のバカ。早く来い。早く助けろ。
「お前は、ほんとに……。自分の場所ぐらい言え」
 目の前に来た竹居が、呆れて、その手に持ったタオルを私の顔に押しつけた。
 竹居の家の匂いがする。
 安心して、ますます泣いた。
 竹居は何にも言わずに、私の隣、ガードレールに寄りかかった。
 私はずっと泣いてた。
 五分ぐらいたって、竹居が言った。
「お前。どーせまた、強がって何かやらかしたんだろ」
 頷く。
 強がって、ヒロキ先輩にカードを切った。大見栄張って笑った。平気なフリをした。
「怪我はしてねぇのか。体は無事か」
 泣きながら頷く。中学のときに男子とやり合った、あのときとは違う。
 だけど、心が痛くて。
「じゃぁ家に帰って、晩メシ食って復活しろ。腹減ったろ」
 やだ。
 ごはん食べたって、復活できない。
 明日、生徒会で、平気な顔ができるかどうかもわかんない。
「お前は、一晩寝れば復活するタイプだ。なんとかなる」
 そんな、ゲームみたいにいかないよ。
「あとな、お前はいざってときは強がれる。平気なフリぐらいできる。だから大丈夫だ。お前が泣くのは安心できる状況でだけだ。なんか兵隊みたいだな」
 何にも言ってないのに、竹居は私の状況を言い当てる。
 そうか。私は大丈夫か。
 竹居が言うなら……大丈夫か。
 やっと涙が止まった。
 竹居が私の頭をはたく。
「泣きやむまで、えらく時間かかったな。俺だって暇じゃねぇぞ」
 うう。
 わかってるよ。
 竹居は、おうちの家事を全部請け負ってる。弟の航太くんの面倒も見てる。家に帰ればごはんが出てきて、お風呂も沸いてる、私とは違う。
「わ、悪かったよ。こんなとこまで来させちゃって」
「ああ。せいぜい反省しろ。タオルは洗って返せ」
 こういうときって普通、洗わなくて良いから、とか言わないか。
 くそう。竹居、甘くないな。
「……うん」
 はぁ、とため息をつく。
 で、結局、私はどうすればいいのか。
 告白するのか、しないのか。
 告白するなら、いつすればいいのか。二週間たつ前か、後か。
 それより、自分の気持ちと、ふたりをくっつけるのと、どっちを優先するか。
 いやいや、優先も何も、私のほうは最初から希望なんてないし。
「なんだ。悩んでんのか。ぐるぐるしてんな」
「……うん」
「選択肢はいくつだ」
 ええと、要するに、ヒロキ先輩と、誰がくっついたら嬉しいか。
 私か、カオル先輩か。
「ふたつ?」
「お前、どっちが嬉しいんだ」
 どっち。
「直感で選べ。どっちだ」
 カオル先輩。
 カオル先輩が、ヒロキ先輩とくっついたほうが嬉しい。
「決まったか」
「……決まった」
「だったら迷うな。まずはそっちでいけ。だめだったときに二つ目を試せ」
 そうか。
 そうだな。
 竹居、頭いいな。
 ええと、じゃぁ、とりあえず二週間待って、ヒロキ先輩が告白しそびれたら私が言って、ふたりをくっつける。……うう、心が痛いけど。で、それに失敗したら私が告白する。成功する確率低いけど。
「うん。わかった」
「じゃぁな。何かあったら電話しろ」
「うん。ありがとー」
 手を振ると、竹居はさっさと帰っていった。
 家まで送れとは言わないが、あっさりしすぎだろう。
 くそう。やっぱり竹居、甘くないな。



 さくら色 
2016-01-08 | Posted in さくら色Comments Closed 

関連記事