19.大きな手が、優しく背中を押した
ごはんを食べても、眠っても、ダメージは回復しなかった。
私は一晩寝れば復活するタイプだって、いざとなれば平気なフリができるって、竹居は言ったのに。
平気なフリができない。見栄を張れない。
学校に行っても朝から教室で泣きそうで、友達とも全然しゃべれなくて、午前中の授業で当てられただけで涙がこぼれた。先生に心配されて、結局保健室に行った。
教室に戻っては、保健室。
一日、その繰り返しだった。しまいには、保健の先生に、帰るように言われたけど、帰れなかった。竹居と話をしたかった。
だけど、休み時間も、竹居を捕まえられなかった。明らかに、避けられていた。
学校なら話を聞いてくれるって、言ったのに。嘘つき。
電話じゃ、無理。
あれだけ、はっきり拒否された。
竹居の性格は知ってる。決めたら動かない。迷わない。
電話ごときじゃ覆(くつがえ)せない。会わないと。
でも、学校で避けられて、家にも行けない。どうしたら。
なんで。
どうして。
いやだ。
助けて。
それだけがぐるぐる回って、悲しくて、どうしようもなかった。
竹居が助けてくれない。
そんなこと、これまでに、なくて。
いつだって、味方だったのに。コンビだったのに。
竹居。
竹居、助けて。
どうしたら。
放課後になっても保健室にいた。先生は職員会議に行って、ひとりぼっちだった。
そしたら、ヒロキ先輩が来た。
「マコちゃん。大丈夫?」
答えられなくて、泣いた。
大丈夫じゃない。
全然、大丈夫じゃない。
竹居がいないと、こんなに脆(もろ)い。
ヒロキ先輩がハンカチを借してくれた。
だけど竹居のがいい。
竹居のタオルかティッシュがいい。
そう思って余計に泣いた。
「マコちゃん。何があったの?」
ヒロキ先輩がそう聞くってことは、情報が何もないってことだ。
竹居が普段通りってことだ。
なんで。
どうして。
竹居は平気なの。
コンビ解消なの。
ねえ。
「マコちゃん」
ヒロキ先輩が先生の椅子を引っ張ってきてそばに座った。頭をなでてくれる。
私はベッドの上に座り込んでいた。
「……た、竹居が……」
泣きじゃくりながら言った。
「……家に、もう、来るなって……」
いやだ。
いやだ、そんなのは。
「……もう、無理だって……」
そんなこと、言わないでよ。
ひどいよ。
味方でいてよ。
私の頭をなでながら、ヒロキ先輩がゆっくり言う。
「竹居くんは、マコちゃんを好きだよ。昔から、好きだよ。今も。そうでしょう?」
頷く。
竹居は私を好きだって言った。
「……でも、来るな、て……」
はっきり拒絶した。
もう助けてくれない。
ヒロキ先輩は、それには答えずに質問を重ねる。
「マコちゃんも、竹居くんを、好きでしょう?」
頷く。
でも。
好きの種類が、違う。
「わ、私は……ヒロキ先輩が、好きで……」
「うん……、それはね、知ってた。ごめんね」
優しく、ヒロキ先輩は言葉をつなぐ。
「でもね、マコちゃんは、俺とカオルを応援してくれたでしょう。俺とカオルが付き合ったのと、竹居くんにそう言われたのと、どっちが、悲しい? どっちで、泣いてるの?」
「……竹居……」
ヒロキ先輩とカオル先輩のことなんか、頭から吹っ飛んでた。
竹居が助けてくれない。
それだけが、ずっと、頭から離れない。
「じゃぁ、俺と、竹居くんと、どっちが大事か、わかるでしょう?」
ヒロキ先輩と、竹居は、気持ちの種類が違いすぎて。
どっちが大事か、なんて、比べられない。
だけど。
ヒロキ先輩のことで泣いたときは、竹居が助けてくれた。
竹居のことは、竹居が助けてくれないと、どうにもならない。
ヒロキ先輩が頭をなでてくれても悲しいままで、気持ちのやり場がない。
どうしようも、ない。
だから。
大事なのは、どっち。
「……竹、居……?」
呟いたら、ヒロキ先輩が、にこりと笑った。
「正解」
私と目を合わせて、
「マコちゃん。今から竹居くんのおうちに行っておいで。それで、俺より竹居くんが大事だってことと、マコちゃんが竹居くんを好きだってことを、ちゃんと伝えるんだよ。ここで、間違っちゃ、だめだよ」
「……で、でも、来るな、て……こ、これ以上、嫌われたら」
立ち直れない。
竹居に嫌われたら、立ち直れない。
心が死んでしまう。
「伝わらないよりマシ、でしょう? マコちゃんが言ったんだよ」
「でも。でも、私の、好き、は……」
友情か。恋愛か。わからない。
竹居は私を、恋愛の好きだと言ったのに。
かみあわない。
すれ違ってしまう。
野口くんみたいに、断るの?
そしたらもう、一緒にいられない。
「大丈夫。マコちゃんの気持ちを、そのまま、正直に、竹居くんに話すんだよ。きっとうまくいくよ。ほら、立って」
ヒロキ先輩が私の手をひいて、ベッドから床に立たせる。
「がんばりどころだよ、マコちゃん。行っておいで」
とん、と、大きな手が、優しく背中を押した。