物語
「時」
…やぁ、来たのだな。
この目はもう見えないが
わたしはお前を、知っている。
お前が泣いているのを
長いこと、ただ、見ていた。
救うことも
手をさしのべることも、できずに。
七色に光る体を持っていても
わたしは無力だ。
お前の願いを叶えることは
できないが
嘆きを
怒りを
後悔を
刻む場所は、まだあるだろう。
それでお前の
気が済むならば。
刃物を持っているか。
ないならば、その爪で
爪が惜しいならば、言葉で
わたしの体に、刻むがいい。
お前の仲間が、そうしてきたように。
「どうして」
…そうだな。
救えなかったな。
すまない。
「ちがうよ。
どうして、あなたは、
こんなに傷だらけなの」
「どうして、傷つけることを、許したの。
あなたは、強いのに。
あなたを傷つける人と
戦うことも、できたでしょう」
ああ…。
わたしの言葉は
誰にも、伝わらなかったんだよ。
謝っても
誰も、許してはくれなかった。
時を戻せと
返せと
皆、泣いた。
わたしには
その力がない。
だから、せめて、
この身を差し出した。
救えなかった、罪滅ぼしに。
「ちがう」
「そうやって謝るのは、あなたの傲慢だ。
私の後悔は、私のものだ。
あなたのせいではない。
あなたが謝ることでは、絶対に、ない」
娘よ。
わたしは、お前を見ていた。
お前が苦しんでいるのを
泣いているのを
…ただ、見ていたんだよ。
「それでも、
私の過去は、私のものだ。
今も未来も、私のものだ。
私がしてきたことだ。
誰のせいでもない。
あなたのせいでは、絶対に、ない」
ああ。
娘よ。
泣いているのか。
ああ。
泣いているなぁ。
ここに来る者は皆、
泣いている。
「あなたも、泣いている」
そうだな。
そうかもしれないな。
ひとの
嘆きを
怒りを
悲しみを
救うことができないと知って
これ以上、直視できないと
耐えきれず
ずいぶん昔に
この目を潰した。
それでも感じる。
娘よ。
お前は、
わたしのために
泣いてくれるのだな。
この穴蔵にこもって
もう、ずいぶん経った。
わたしの傷は
ずいぶん増えたが
ずいぶんと、治りもした。
なぁ。
人を救おうとすることは、傲慢か。
その過去を背負おうとすることも、傲慢か。
「そうだよ。
あなたは、ただ、
あなたの幸せを願えばいい」
そうか。
ならば、娘よ。
わたしはここから出よう。
この体は
わたしの誇りだ。
間違っていたとしても
傷つけられることを
わたしが選んだ。
それで、いいのだろう。
「うん」
娘。
お前、いま、笑っただろう。
笑う者を見るのは
ずいぶん久しぶりだ。
さぁ、出よう。
わたしの体に、つかまれるか。
「うん。傷跡が、ちょうどいい取っ手だよ」
そうか。
無駄ではなかったな。
ああ。
嬉しいな。
お前と言葉が通じることが
嬉しいよ。
娘。
人の子。
お前を乗せて
ここを出よう。
わたしは、
お前を見ているよ。
お前が苦しんでも、泣いても
救うことは、できない。
それでも、
ただ、見ているよ。
お前が死ぬまでずっと、
見守っているよ。
<補足>
「過去に傷つき苦しんだことのある少女」と
「人の過去を背負おうとした【時】(七色の生き物)」
のお話です。
<販売情報>
「時」
・水彩画
・サイズ:縦25cm・横31cm(額の外側のサイズ)
・制作日:20141109
・価格 :80,000円
・送料 全国一律1500円
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